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人類とは?

[ 629] 人類誕生
[引用サイト]  http://contest.thinkquest.jp/tqj1998/10098/noframe/5.html

人類はほ乳動物の中の霊長類に分類される生物である。その霊長類が出現したのは今から約6500万年前、恐竜が絶滅する少し前といわれている。2500万年前から700万年前の、類人猿に良く似た動物はアフリカやユーラシア大陸で広範囲に渡り分布していた。木の上で生活し、木の実などを食べて暮らしていた。やがて2500万年前くらいになると木から降りて生活するようになった。
これは当時の地球で雨の量が全体的に減少し、森が少なくなったためといわれている。食事も、木の実から草原に生える草の実や根っこへと変化していった。500万年前、人類と類人猿がわかれた。つまり、この頃から人類は他の動物とは異なった、独自の進化を遂げはじめたのである。人類は進化するにつれ、多種多様な道具を使うようになり、脳の容量も増えていった。また、顔や歯はだんだんと小さくなっていった。
人類の進化は、アウストラロピテクスとよばれる猿人に始まる。彼らは400万年前、断片的な証拠では500万年前に現われ、150万年目には姿を消してしまった。アウストラロピテクスは、直立2足歩行をするようになった初めての生物であった。彼らは脳の大きさや歯、あごの形によって4種類に分類される。アファレンシス、アフリカヌス、ロブストゥス、ボイジイである。いずれもアフリカの南部、東部で暮らしていた。
アウストラロピテクスの後に登場したのはホモ・ハビリスであった。ホモ・ハビリスもアウストラロピテクスと同様、猿人の分類である。人類はアウストラロピテクスとホモ属、2つの種類の祖先から進化してきたと考えられている。ホモは“ヒト”という意味である。ホモ属はアウストラロピテクスの中のアフリカヌスから200万〜150万年前頃に進化したといわれているが、まだはっきりとはわかっていない。ホモ・ハビリスは東アフリカの各地で生活し、石器を使用していた。この名前、ホモ・ハビリスは“器用なヒト”という意味である。
160万〜150万年前には、脳が大きくなり、歯が小型になったホモ・エレクトゥスが現われた。原人ともいわれる。ホモ・エレクトゥスも、はじめはそれまでのヒトの祖先と同じくアフリカの東部と南部だけで生活をしていたが、100万年前くらいからユーラシア大陸へと移動していった。中国の北京原人、インドネシアのジャワ島のジャワ原人などはホモ・エレクトゥスの分類である。技術の面でもそれ以前のものよりはるかに発達し、様々な石器をはじめとする、本格的な道具の製作が行われるようになった。また火を使用していたことも確認された。このように、ヒトの活動はしだいに効率的で、複雑なものへと変化していったのである。
30万〜20万年前に、ホモ・エレクトゥスはホモ・サピエンスへと進化した。旧人である。ホモ・サピエンスは“知性あるヒト”という意味で、彼らは当時のきびしい氷河期の中でも効率よく食料を獲得することができた。また人類史上初めて死者に花を添えるなどして弔う習慣ができた。しかしこの頃の進化はゆっくりと徐々に進んでいったため、ホモ・エレクトゥスの最終期とホモ・サピエンスの初期との区別ははっきりとはつけにくい。また、同じホモ・サピエンスの中でも進化が行われていったため、初期のホモ・サピエンスと現生人類は見かけがかなり異なっている。そもそも現生人類が初期のホモ・サピエンスからそのまま進化したものかについてはまだはっきりとはわかっていない。特にネアンデルタール人のことが問題となっている。
ネアンデルタール人は、10万〜3万5000年前頃ヨーロッパや中東の各地で暮らしていた採集狩猟民である。体つきはずんぐりとしていて身長は160cmくらい、筋肉隆々で100kgを越えていたという。また顔も低頭で大きく、あごの先端が未発達など、現生人類の祖先とみなすにはあまりにも原始的だといわれている。そのためネアンデルタール人は人類の進化から枝分かれをし、絶滅していった種だという説がある。実際ネアンデルタール人の姿は約3万年前、現生人類の初期の人々、クロマニヨン人と入れ替わるようにして消えてしまった。ここから旧人たちはより高度な文明を持つ現生人類によって滅ぼされたという説がいわれているのである。しかし、ネアンデルタール人の知力こそ現生人類より下回っていたが、脳の大きさは体力と共に現生人類を上回っていたのである。ネアンデルタール人もほかの初期ホモ・サピエンスもホモ・エレクトゥスの子孫であり、現生人類の祖先という説もいわれているのである。
2万〜1万年前の氷河時代末期になると、もはや現生人類と変わりのない特徴をもった人類が世界各地にあらわれてくる。彼らはまとめて新人とよばれ、日本で言えば縄文人や弥生人である。彼らは金属を使用するようなる。そして約1万年前に今の私たちができる過程において欠かすことのできない出来事が起きる。農耕革命である。人々は植物を栽培し、動物を家畜化するようになる。その後、様々な文化、技術を得、産業革命などを経て今の私たちがいるのである。

 

[ 630] X51.ORG : 世界に残る古代核戦争の痕跡 - 人類はかつて滅びたか
[引用サイト]  http://x51.org/x/04/03/0944.php

【s8int】「世界が二度と元の姿に戻らない事を我々は知っていた。笑うものはいなかった。泣くものもいなかった。皆、黙り込んでいた。そして私は古代ヒンズーの聖典ヴァガバッド・ギータの一節を思い出しました。"ビシュヌ神は王子に説いた。汝の成すべきことを成せ。そしてビシュヌ神は王子を威嚇する為に多くの手を持つ姿となり、やがて、死となり、世界の破壊者となったのだ・・・"。 おそらく、そのとき、研究者の誰もが、こんな事を考えていたはずです。」これは1945年、人類初の原爆実験マンハッタン計画を成功させ、原爆の父として知られるユリウス・ロベルト・オッペンハイマー博士がロスアラモス研究所所長の辞任スピーチとして語った言葉である。原爆開発への後悔から後の水爆実験に徹底して反対し、辞任に追い込まれた博士はそれから7年後のある日、ロチェスター大学の講義にて「果たしてアラモゴードでの原爆実験が本当に世界初なのでしょうか?」という質問を受け、以下のような意味深な発言を残しているのである。「ああ、近現代においては初めてだろう」。
人類史上初めての原爆実験が米ニューメキシコで行われた時、爆発の高熱に晒された砂漠の砂は、溶解して緑色のガラスのように変化したという。それは砂が一瞬の高熱によって熱せられて溶解し、そのままの姿で固形化するためである。しかし、この実験結果に注目したのは以外にもある考古学者達だった。それまで数年に渡って、凡そ8000年前のユーフラテスの遺跡を掘削していた彼らが到達したのは奇妙な地層だった。それはまるで古代に核戦争があった事を示唆するような、緑色に溶解したガラスの地層だったからである。(写真はオッペンハイマー博士)
原爆実験のような大きな爆発によって、砂に含まれるシリコンが溶解し、緑色のガラスに変色して地表を覆う事は良く知られた事実である。しかし、そうしたガラスが凡そ現代的な核実験からほど遠い世界中の古代の地層から発見された場合、それは一体何を意味するのだろうか。ある科学者は言う。それらのガラスは古代において核戦争、あるいは核実験が行われた証拠に違いないと。これは到底信じられない理論である。しかし、緑色のガラスが地層から現れた事は紛れもない事実なのである。
では一体何故そのような自然に発生しがたい地層が発見されたのだろうか。一つには砂漠への落雷がそうした溶解ガラスを作る事は知られている。しかし、気象学者の見解ではそうして出来た岩は常に木の根のような形をを作るという。このような石は専門的にはフルグライト(閃電岩)と呼ばれ、確かに管状にねじれた独特な形を作るのである。しかし例えそうした落雷が起こったとしても砂漠を覆う程の規模に渡って砂を焼き尽くすなどという事は到底考えられないだろう。そのため、落雷説が原因というのはおそらく間違いであると言える。またその他には隕石衝突説が挙げられるが、そうしたガラスが発見された地層から一切のクレーター(隕石墜落の痕)が発見されない為、隕石が原因であるとも考えにくいのである。
ブラッド・スティガー、そしてロン・カライスが共著した「時間と空間の謎」という本の中に以下のようなエピソードが描かれている。
"マサチューセッツ工科大学卒の史上初のエンジニア、アルビオン・W・ハートがアフリカ内地における開発プロジェクトを任命された時のことである。彼をはじめとした開発者の一団は砂漠を横断し、アフリカの未開地へと向かう険しい道を進んでいた。「その時、彼は説明しようのない景色を目の当たりにして、言葉を失った。それは見渡す限り続く、緑がかったガラスに覆われた広大な砂漠だったのである。」そして文章は以下のように続く。「そしてそれから数十年後、彼は人類史上初めての原爆実験が行われた砂漠を歩き、その光景を見て確信した。それは彼が50年前にあのアフリカの砂漠で見たものと全く同じ光景だったのである。(「岩と鉱物」誌1972年/396号 マーガレット・キャソンの記事「A・W・ハート伝」より)」"
このアルビオン・W・ハートが見たリビアの砂漠では、南北に130km×東西に50kmの卵型のエリアに散布する形で半透明黄緑色のガラスが多量に発見されている。現在では科学者の間ではこれらのガラスは隕石衝突によるものだとされているが、そこから隕石やクレーターは一つたりとも発見されていないのだ。
古代核戦争を示唆する遺跡として最も有名なものとして現在のパキスタン南部に位置するハラッパ遺跡、そしてモヘンジョダロ遺跡がある。この遺跡は1921年に発掘され、その遺跡中の路地だった場所からたくさんの奇妙な人骨群(46体)が発見されたことから「モヘンジョダロ(死の丘)」と命名されている。遺跡から発見された人骨群は互いに手をつなぎ合い、埋葬されることなく、ただ路地に横たわっていたのである。それはまるで、そこで一瞬にして多くの人が命を落としたとしか思えないような、異様な光景だったのだ(写真)。
そして調査の結果、人骨群はおそらく紀元前2300年?2500年前のものであると断定されたが、一体何がこのような異常な光景を作り出したのかという答えはとうとう得られていないままである。また人骨群には時間をかけて腐ったような形跡や、野生動物に肉を食べられたような痕もないため、発掘に当たったハーグリーブズ博士も「ただ一瞬にして集団が異常な死を迎えたとしか思えない」とその印象を語っている。
また同遺跡では、後に調査に当たったロシアの科学者が人骨群の一部から通常の50倍に上る放射能を検出し、更に町の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたような形跡、そして多量のガラス片(瞬間的な高熱を浴び、溶解した状態のまま固形化した物質)が発見されたため、まるで核爆発が行われたとしか思えないような異様な雰囲気を発しているのである。しかし同地域には火山もないため、そうした町を一瞬で焼き尽くす程の高熱が一体何によって作られたのか、謎は深まるばかりである。
また発見された人骨群は炭素年代測定法によって紀元前2500年頃のものであると判明したが、万が一放射能を浴びていた場合、それは確実に判別結果に影響を及ぼす為、おそらくはもっと古いものであると考える事もできるだろう。
そして更に、インドのボンベイ付近からは大量のクレーター跡も発見されている。最大のものは直径凡そ2.1kmに上るもので、年代は凡そ5万年前に遡るという。しかし奇妙な事に同クレーター付近からは原因となるべき隕石自体は一切発見されず、巨大なクレーターのみがそこに残っているのだ。調査によれば、そのクレーターを作った衝撃はおそらく600,000気圧という凄まじいものであり、更に同クレーターからはモヘンジョダロを始めとする一連の遺跡と同じように、ガラス質の地表、そして「瞬間的な高熱」の跡が発見されているのである。
古代インドの2大叙事詩「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」に描かれる神々の戦争のシーンには、まるで核兵器であるかのような強烈な光と熱を放つ大量破壊兵器(アグネアの矢)が登場する。さらに聖書の創世記では神の怒りに触れた町「ソドム」と「ゴモラ」が一瞬にして灰と化すシーンもある。これらの文献、そして遺跡に残された核戦争の面影は、我々に一体何を語りかけているのだろうか。人類は既に一度、いや幾度にも渡って核爆弾で滅びているのだろうか。
世界に残る古代核戦争の痕跡(x51.org) (ちょいりす) 人類史上初めての原爆実験が米ニューメキシコで行われた時、爆発の高熱に晒された砂漠の砂は、溶解して緑色のガラスのように変化?.
ネットしてると、色んな情報を目にするようになる。日常生活では知る事のできない情報... エログロ画像は序の口として、アブナイ新興宗教のサイトやら原子爆弾の製造法にMI-6 (英国〓.
古代に核を使われたという証拠・・・かもしれないものがある。「超古代史」とか言われるものやSFのネタになっていることは事実なんだろうか・・?
世界中の不思議な事件などを紹介している有名なブログx51.orgで、とっても気になる記事を見つけた。
「天文学の天才」「時間の達人」と言われたマヤ人の言い伝えによると地球の文明の周期は、地軸が一回転する凡そ26,000年の周期を持っており、これが5つに分割された、5,125年の5つの周期で成り立っているとされている。
今の我々は、その第5番目の周期に生きていて、その周期の終わりが2,012年、今から凡そ9年後に来ることを伝えている。
真実でもただの想像でも”核兵器によって過去に文明が滅んでる”と思って、世界中で核兵器を手放せられたらなぁ。本当に文明を滅ぼすことができる恐ろしいものだから
これには前触れがあり、アララット山でノアの箱舟を見る前に、カッパドキアを訪れ、遺跡にキリスト教徒が描いたいう装飾絵に、「玄武」の姿を見つけて・・・
・・・そういえばアララット山の近くに、世界最大の(2番目だったかもしれない)メテオ・ホールがありました・・・時代は調べなかったけど、結構あるのかもしれない、隕石は。ちなみにライアル・ワトソンは「生命潮流」(TV版^^;)の中で、ハラッパーの緑色のガラス質は隕石によると推定していた(ような気がする)。。。ごめん!。。。まあどっちにしても彼自体、結構ヤバい人なのかもしれへん・・・ワニの頭部にみえる昆虫を見て、遺伝子のウイルスによる伝播説をとなえていた、多様性やないのーっ^^
「旧約聖書にある、ソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているがね。全世界は再び(ry」
核兵器を生み出せる高度なテクノロジーを持っていたと仮定して、兵器以外の利用された痕跡が無いのはどうも不自然ではないだろうか?
ウランを濃縮する技術はかなりの電力施設が必要である。とすれば電力を利用した生活施設、あるいは生産物が発見されてもおかしくはないはず。
僭越ながら意見を言わせてもらえれば、神とか何とかっていう存在があることを世界中に認める人がその時代に沢山居たということはやはりそれ位のクラスの存在があったのだろう。(要は理解不能の領域)
それで、人間に最新兵器なんかを与えて、互いに争わせたけど、収集が付かなくなったので、地上を掃除して帰って行った。
ゴアが襲来して、マグマとガロンが大決闘してそんなことが起きたんですよ。多分、まもる君を問い質せば全てを話してくれるはずですよ。w
空中爆発であればクレーターはできないという記事がアストロアーツで書かれてたっけ。空中爆発における最大エネルギーが今の判り得ている事実にそっているのかな〜?
かなり栄えてたとしたら核爆クラスの威力の魔法も存在したんじゃないかな。核魔法戦争。SFからファンタジーになるが…
今の人間なんて所詮2000年程度の歴史しかないわけで。100歳生きた人は有史の20分の1の時間を生きたと言えるほど短い。金さん銀さんなら10ペアで足りる。そのたった2000年の歴史すらもほとんど謎だらけなんだからこのくらいのこと全然有り得る気がする。
考古学なんかで1億年て言われても全然イメージできないけど、地球は48億歳なんでしょ?10億歳くらいのときに2000年くらい人類みたいなのが栄えて滅びたって今の人に分かるはずもないしね。
神は全能にあらず…なぜならば、もし、真に神が全能であらせられるなら例え深く暗い地獄の底、“奈落‐アビス‐”でさえサタンの様なものの存在を許すはずがないからである
まぁこの地球上にどんな歴史があろうと自分が死んでしまえば。そんなことはどうでも良いんじゃない?そんな大きな事を考えるより、周りの人間、自分の存在、自分の死んだ後の世界を少し考えてみたら、この世は本当にあるんだろうかとおもうよ。自分が死んでしまったら、自分の存在、友人家族の存在、この世界の存在も確かめようが無いじゃない。
人類が歴史を刻み始めてから何千年経つのだろう。しかし、それ以前まだ発掘されていない古い地層に文明が隠れているかもしれない。
その魔法とやらがあるとして、その原理をも包括するのが物理法則。 高度に発展した科学は魔法と見分けがつかないってのは有名な言葉だよね。
隕石が地表に衝突すると、そのとき発生する熱で隕石は落下点周辺の地表と融合するため、隕石それ自体は発見されません。
仮に過去に核戦争みたなものがあったとして人類が絶滅しているとしても現在発見される遺跡は石で出来てるよね・・・それっておかしくない 今核戦争で人類が滅びても今在る建物とかが消えてしまうとは考えにくいなー 数億年経ったら風化するかなぁ もっとも私はこの手の話肯定派だけど・・
現在実用できるのは原子核レベルの話だが、未来人や宇宙人は反物質とか重力子とかもっと微粒子レベルでエネルギーを動かせたのかもな
現代文明で当り前の物、携帯電話(瞬時に遠くの人と話する)車(奇妙な乗り物で、早く走り遠くへ行く)飛行機(奇妙な乗り物で空を飛ぶ)数百年前以上前の人にとっては、想像もつかない・・魔法いってしまってもおかしくない事を、普段の生活で当り前に行ってると思うョ★
世界では高度発展国の傍ら、携帯電話を見たことがない種族も居る・・。 高度発展国はいろんな問題を抱え、互いに争い、発展国同士勝手に戦争をして核で滅び合う・。そんな危険性ないとはいえないよね・・。
生き残れる者は、利害性のない(携帯電話を見た事のないような種族)人たちと核の影響を受けた少数・・だと思う。
もちろん車、飛行機、携帯というものがあったというのも解る、核戦争という事が起きた事、生活にあった物それらを伝え残そうとしたら・・なんて説明がつくのだろう
(携帯の存在は知っているけれど・・その仕組を伝えるなんて難しいよね。)携帯って何かに書き残しても・・それ何?って次の文明の人は思うし(携帯って呼名だから)魔法?神様?としか取れないような訳解んない説明に結局なっちゃうだろうな〜
この古代核実験/戦争の話に出てくる人物を、現代の大統領、軍人、市民だったり・・現実的に当てはめてみたら核があって、戦争が起こったって現実的!あってもおかしくない
そもそも人間が猿から進化したって事も現実に確信断定できてない、まだ仮説な訳だし、一度文明が滅んで・・残り少数の人から今の文明に発展した!?
文明なんて地球がブラックホールに旅に出てた期間にいろんなものを拾ってきたんだよ。今も宇宙って言うブラックホールの中をさまよってるだけだったりしてw
携帯やら車やらが昔の人の想像もつかないものだったんだから現代人が想像もつかないものが魔法として片付けられるのは正しいよね。ただ何百年後かには常識になってるかもしれないだけで。
こんな古代の謎に触れると不思議な世界にいて、またそれが素晴らしいことだと気づく。だれかほんとのことを教えて。
地球の歴史が45億年、人間の歴史は150万年その差3000倍の中で今の人類だけが、核をもったなどとしか考えられない、横暴で自己満足な発言をする科学者の類が今のゆがんだ科学を産んでいる気がする、でも、その科学の恩恵を受けて生活している
まぁ、科学者なんてのは例えどんだけ素晴らしー新発見があっても、自分の発見は推すクセに他人の発見だと頭ごなしに否定しやがる輩の集まりなワケで。
要するに自分の頭(=現在の科学力MAX)では思いつかなかったり理解できなかったりするよーな物=あり得ねェッ!な考え方しかできない人が多いっていうこと。こんなんじゃぁ新しい発見しても報われないぜよ!
古代人は高度な技術を使う知識と理性(?)が無いまま超科学技術(宇宙人からか?)に手をつけて勝手に自滅したと。
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ちょうどマイナスイオン風呂やトルマリン・ペンダントのようなものです。疑似科学と言われても否定は出来ないでしょう....
世界各地で「暗い日曜日」に関連した自殺が相次ぐと、この歌は、いつしか自殺の聖歌とまで呼ばれるように....
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[ 631] 人類の誕生
[引用サイト]  http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-1/se-0-6.htm

なぜ直立二足歩行に適応していったかについては、 人類はなぜ直立二足歩行したのか のページを参照してください。
脊椎骨の棘突起を垂直に立てることにより直立姿勢に適応し、骨盤が上下に短くなり横に広がることで上半身の体重を支えるようになった。また、人類特有のスライド歩行がうまくいくように、足の筋肉の付着点が変化した。大腿骨が長くなり、足底弓と親指が短くなった。脳は体に比べて大きく、逆に歯が小さくなり、上下のあごは放物線を描く形に変化した。
類人猿(注)の古い化石は、アフリカのほか、アジアでも相当古い骨が発見されているが、人類の祖先の骨は、アフリカからしか発見されていない。
属するヒト以外のものを指し、テナガザル、オランウータン、チンパンジー、ゴリラなどである。参考ページ 〜 霊長類の誕生 )
初期の人類についてはまだ完全には明らかになっていない。生物の遺伝子についての研究およびこれまでに発見されている化石などから判断して、およそ800万〜500万年前にアフリカの類人猿のなかから人類へ進化したものとみられている。
300万年前ころより後の期間については研究が進んできたが、これより前の期間についてはまだよくわかっていない。なぜなら、この期間については、化石が十分に発見されていないからであり、また、発見されても骨格のごく一部であったり、研究者によって判断が分かれることも多いからである。
人類最古とみられる化石の発見が現在でも続いており、ときおり、権威ある科学雑誌に発表されて新聞報道されることもある。
現在に生きている人類はすべて「ホモ・サピエンス・サピエンス」という生物学上の同一の種に属している。初期の人類には別の種もあったが、それらの種は絶滅してしまった。
(注:したがって、現生人類を皮膚の色などによって区別し「人種」と呼んでいるものは、生物学上の種ではなく、同一種をさらに細かく分類しているものである。)
詳細については、 300万年前より古い人類化石発見についての新聞報道 のページを参照してください。
トゥーマイ猿人 〜 約700万年前と推定されたが、反論も出ている。中央アフリカのチャド北部の砂漠で発見された。その場所は、当時は現在の約80倍も大きかったとみられるチャド湖の湖岸で、林もあり、さまざまな動物がくらしていたとみられる。
ミレニアム・アンセスター 〜 約600万年前のものと考えられ、ケニア北西部にあるバリンゴで発見された。、
? 〜 約520万から580万年前のとみられる化石が、エチオピアのアディスアベバの北東約230キロの地点で発見された。
ラミダス猿人 〜 諏訪元(東京大学理学部助教授(当時))が、エチオピアのアラミスという地域で発見した。約440万年前のものと考えられている。
ケニアントロプス・プラティオプス 〜 ケニア北部にあるトゥルカナ湖畔で、350万年前の地層から発見された。
アファール猿人と同時代に、別の系統の猿人が発見されたことにより、ヒト科の進化の系統樹が見直されるかもしれない。
タンザニア北部のラエトリに、約350万年〜380万年前のものとみられるヒト科生物の二足歩行の足跡が化石となって残っている。柔らかい火山灰の上を歩いた跡が、その後のスコールによってセメント状の硬い層となったものである。長さ26cmの大きな足跡と長さ18cmの小さな足跡が並んで同じ歩幅で歩いている。また、大きな足跡には、長さ21cmの足跡があとから重なっている。
約340万年前のものと推定される化石が、エチオピアのアファール地方のハダールで発見された。この化石は、個体一体の全身骨格の約40%がみつかり、「ルーシー」という愛称が付けられた。この個体は、小柄ながらきわめて頑丈な成人女性で、すでにしっかりと直立歩行に適応していた。歯は人類の特徴もいくつかみられるが、類人猿の歯に似た特徴も多く残している。
およそ200万年ほど前の人類化石が、エチオピア・ケニア・タンザニアにまたがる大地溝帯にあるコビフォラやオルドバイ渓谷、さらに南アフリカでも発掘されている。その代表的なものが、アフリカヌス猿人とホモ・ハビリスである。
従来はアフリカヌス猿人からホモ・ハビリスへ進化したと考えられていたが、アフリカヌス猿人は絶滅種で、ホモ・ハビリスが人類の直接の祖先である可能性が高いと考えられるようになってきた。
骨太のロブストス型猿人は、いずれの地方でも100万年ほど前まで生き残っていた可能性が高い。ボイセイ猿人は、ホモ・ハビリスと共存し、その後に現れたホモ・エレクトス(原人)とも相まみえた。それは東アフリカだけでなく、南アフリカでも同じだった。
猿人 ・・・・・アナメン ・・・ケニアントロプス・・・・┌ホモ・ハビリス─ガスター │
猿人、原人、旧人、新人という呼び方は、もう古くなってきているが、日本の教科書では依然として使われている。
礫石器(れきせっき、最初の石器)は、はじめオルドバイ渓谷でアウストラロピテクス・ボイセイの化石とともに発見されたため猿人が使用したものと考えられたが、その下層でホモ・ハビリスの化石も発見されたことから、ホモ・ハビリスが礫石器の使用者ではないかとする説が有力になりつつある。発見されている最古の石器は約250万年前のもので、エチオピアのハダールで発見された。オルドヴァイ渓谷をはじめ東アフリカの各地で発見されており、約150万年前ころまで、この形の石器が使われた。
「原人」には、ジャワ島で発見されたジャワ原人(直立猿人、ピテカントロプス=エレクトス)や、北京原人(シナントロプス=ペキネシス。火を使用し、言語も使っていたらしい。)、ヨーロッパのハイデルベルク人などがある。
従来「旧人」と呼んでいたネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス)の化石は、ヨーロッパと中東で発見されている。旧石器時代中期のムステリアン文化(ムスティエ文化)の担い手で、石器製作技術が進歩し、狩猟技術に長じ、埋葬の風習など呪術や宗教心の芽生えがみられる。
「新人」(ホモ・サピエンス・サピエンス)もまたアフリカで誕生したようである。10〜20万年前のいつか、アフリカに残っていた古いタイプの人類から新人へ進化した。そこから北上して、10万年前ころに中東へ入り込んだ。その後、寒いヨーロッパから逃れたネアンデルタール人の一派が中東へ入り、両者は長い間一緒に暮らすことになる。
おそらく3万数千年前ころ、新人の一部は、ついに氷河期のヨーロッパに進出した。ヨーロッパの先住民だったネアンデルタール人は、押し寄せる新人との生存競争に敗れた可能性が高い。3万年ちょっと前に、ネアンデルタール人の痕跡はなくなり、ヨーロッパは新人文化一色となる。
新人には、モナコ付近で発見されたグリマルディ人(黒人的特徴があり黒人の祖先かもしれない。)、ヨーロッパと北アフリカで発見されているクロマニョン人(精巧な剥片石器や骨角器を使い、アルタミラやラスコーに代表される洞窟壁画を残している。)、中国の山頂洞人(剥片石器や骨角器とともに発見された人骨)などがある。
・・・片岡電業社社長の片岡和憲さんのページ。このなかで、ライアル・ワトソンの「水生のサル説」が紹介されています。非常に興味深いです。
毎日新聞 ≫ 毎日の視点 ≫ 科学環境ニュース ≫ 生物・バイオ・地球科学 ≫ 人類を生んだ環境、草原か森林か!? 新たな争点に浮上
「Newton '95年3月号」から「最古の人類化石を発見した(諏訪元助教授へのインタビュー)」教育社、1995年
「Newton '98年3月号」から「飛躍とマンネリをくりかえしてきた人類史(馬場悠男著)」教育社、1998年
「朝日=タイムズ 世界考古学地図 人類の起源から産業革命まで」クリス・スカー編集、小川英夫・樺山紘一・鈴木公雄・青柳正規日本語版編集参与、朝日新聞社、1991年
「イラストガイド 私たちヒトの進化」ピーター・アンドリュース、クリス・ストリンガー著、モーリス・ウィルソン絵、遠藤萬里訳、発行てらぺいあ、2002年
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